天使の息子がひとりいます。

天使の息子がひとりいます。

2016年3月、最愛の息子は1歳9ヶ月で突然この世を去りました。それまでと、それから。いろんな思いを綴ります。

お空で4歳

今日はぽんちゃんのお誕生日です。

歩けなかった、喋れなかったぽんちゃんも、もう4歳。

走って転んで擦りむいて、生意気なことをたくさん言っているでしょう。たぶん…

見たかったなぁ。

 

わたしの中でいつまでも赤ちゃんのぽんちゃん。

それでも死ぬまで歳を数え続ける。

そしてぽんちゃんに会えると思えばあの世は怖くない。

 

でも、弟もお父さんもいるからね、お母さんまだそっちにはいけないよ。

弟が上手に歩くようになったの、見てるかな。

早くお話ししてくれるように頼んでくれる?

時々何もないところを指差して笑うの、ぽんちゃんがいるんでしょう?

 

ぽんちゃん、お誕生日おめでとう。

桜が咲いた日

長男を失ってから今日で二年。

あの時間までもう少し、怖くて時計を見たくない。

 

東京で桜が開花しました。

あの子との思い出はこんなにたくさんあるのに、

あの子と過ごした日々より亡くしてからの方が長くなってしまいました。

とても寂しいです。

 

ぽんちゃん、あなたの弟はもうすぐ歩くかもしれないよ。

顔も声も似ていて、ぽっこりお腹もそっくりだけど小さめの弟に比べて、

歩かないくせにもっとずっしりと大きかったあなたの重さが懐かしいよ。

三回忌までもうすこし

すっかり春の雰囲気なのに、朝晩はとても肌寒いですね。

あの頃を思い出します。

混乱と悲しみで記憶すら曖昧ですが、こうして季節が巡ってくると身体が覚えているようです。

 

もうすぐ二年。

二年という年月が、

長かったのか?短かったのか?

…わからない。

わたしは幸いにも元気に生きて、笑っている。

次男が来てくれたからこんなに元気なのだと思う。

じゃあ次男を授かれなかったら笑っていなかったか?

…わからない。

でもたぶん、少しは笑えていると思う。

そのくらい、二年という年月は大きい。

身体をえぐり取るような大きな傷にも、新しい皮膚とかさぶたができるくらいに。

かさぶたの上によそいき笑顔の服を着て、傷を知られることなく過ごせるくらいになった。

 

同じマンションに、失くした長男と同じくらいの女の子がいます。

彼女は発達も順調で、長男が生きているときはもう歩いてるお話ししてる、いいなぁ。

そんなふうに見ていました。

彼女にはお兄ちゃんが二人いて、にぎやかで、ただ可愛くうらやましく、微笑ましい。

それは長男を失くしてからも変わらなくて、気持ちが変わらないことに自分でもホッとしていました。

でもわたしが次男を出産して少しした頃、彼女を連れるお母さんのバッグにはマタニティマークが揺れていました。

ああまた生まれるんだ、彼女はお姉ちゃんになるんだ、と思ったらなぜかそこから見ているのがつらくなって、たまに見かけても挨拶せずに済むように遠回りするようになりました。

今もそうです。

彼女はお姉ちゃんになり、お母さんの抱っこひもの中には赤ちゃんがいます。お兄ちゃんたちはますます大きくなっています。

わたしだって二人産んで育てていたのに、あの子はお兄ちゃんになれなかったのに…

そういう、ただの嫉妬なんだろうと思います。

すれ違ったら挨拶する程度の間柄だから、少しつらいくらいで済んだ。

そう考えて、自分の心を守るために、これからも遠回りさせてもらいます。

もし避けられていると感じていたら申し訳ないけど、特に冷たくしているわけではないし許してもらえるでしょう。

あのお母さんはわたしの長男をずいぶん見ないな?くらいにしか思っていないだろうか。それともなにか気付いているだろうか。

 

震災のニュースが流れるこの日、我が子を亡くしたたくさんの親御さんの気持ちが少しでも楽になりますように。

お空で子どもたちが楽しく遊べていますように。

泣いてもいい場所

ひさしぶりに、遺族会に参加してきました。

次男坊は夫とお留守番です。

妊娠中と子連れでは行けず、

完全母乳だったため生まれてからも離れられずに行けず、

やっとの思いで3回目の参加。

実に1年9ヶ月ぶりでした。

(調べて気がつきました、1年9ヶ月…長男が生きた年月です)

 

わたしはもう、ほとんど泣くことはありません。

何かの拍子に涙ぐむことはありますが。

長男を失ってすぐの頃のように、あんなふうに泣くことはなくなりました。

それなのに、あの場にいると、何かのスイッチが入るようで…

他の方の話を聞くだけで涙がこぼれ、

話し始めるともうとめどなく泣けてきて、

全然うまく話すこともできません。

直近でつらい経験をされた方も泣きながらもきちんとお話されているのに。

お恥ずかしいです…

落差が凄すぎて、そんなに普段自分は抑圧されているのか?と心配になります。

でも、思い返しても、普段泣かないよう、悲しまないよう、我慢なんてしていないんです。

特に我慢はしていないけど、

…失くした子のことだけ考えていられるのはあの場だけ。

だからなのかな?と思います。

わたしの中で泣いてもいい場所になっているようです。

だけどもっとちゃんと長男のことを話したい!

ので、またちょくちょく参加して、

だんだん泣くことにも慣れていきたいです。

 

でも、泣けるのがあの場所だけだからと言って、

長男の話をしていないわけではありません。

むしろ、我が家の会話にぽんちゃん登場し過ぎ疑惑です…!

夫との会話では長男に全く関係ないことも

「そんなことないよねー、ぽんちゃんねー」

と同意を求めつつ締めくくることばかりだし、

次男がそろそろ一人立っちできそうなのを見ては

「こらぽんちゃん、あなたやる気なかったでしょう!?」

ととばっちりで怒られたり(笑)、

同じくらいの年の差の兄弟を街中で見かけては

「今ごろあんな感じかなぁ?」

と夫婦で話します。

とにかくナチュラルに会話に出てきます。もうそこにいるみたいに。

リビングにどーんと長男コーナーが鎮座ましましているのもあり、

いつでも一緒にいる気分なんですよね。

次男を寝かせるときも、ぬいぐるみ達とお兄ちゃんにおやすみなさいします。

次男もきちんと長男コーナーに向かってバイバイします。

いつまでもどこにいても家族の一員。

そんなふうに大切にしていきたいです。

 

ひさしぶりに都心に出て人混みにもまれ、

たくさん泣いて疲れました。

そんな日の翌朝に限って次男くん、超早起きしてくれてありがとうね\( ˆoˆ )/

突然の卒乳

遅くなりましたが…新年明けましておめでとうございます。

今年は喪中はがきではなく、年賀状を送ることができました。

ぽんちゃんの名前がないのは寂しいですが、新年を祝えるのは素敵なことですね。

 

さて、タイトルの通り。

昨年末、次男が突然卒乳してしまったんです!

朝食後しばらくしてから、昼食後しばらくしてから、夕方、お風呂上がりと、日に4回授乳していたここ最近。

ごはんもモリモリ食べていましたが、母乳もゴクゴク飲んでいました。

それが突然の授乳拒否で、そのまま卒乳…

 

ことが起こったのは前回の記事を書いた翌日、11ヶ月を迎えた日のことです。

朝、いつものように授乳をし、ゴクゴク飲んでいた次男。

そろそろ飲み終わりかな?という頃、口を離したとき、なんとも言えない、微妙な顔をしたのです。

たぶんその場で見ていなければわからない、怒っているのでも泣いているのでもない、不思議な顔でした。

どうしたの?もういらないの?

そう聞きましたが、そうだとばかりに降りたがり、そのまま遊び始めました。

なのでそのときは特に気にせず、いつも通りに過ごしました。

 

が、次の授乳の時間、同じ頃にぐずり出したので、

はいはいおっぱいね〜と抱き上げ、飲ませようとすると…

くわえた乳首をパッと離し、手で押しやります。

あれ、飲まないの?

何度やってもダメ。ちょっとニヤニヤしながら手で押し返します。

あげるのをあきらめておやつとお水を飲ませました。

 

そしてまた次の授乳の時間、ぐずり出したので…

今度はくわえもしません。

乳首を近づけると怒ります。

またちょっとしたおやつとお水をあげました。

この頃にはもうなんとなく、わかってきていました。

もう飲まないって決めたのかな?

お風呂上がり、飲まずに寝たらそうかも。

 

そして、やっぱり夜も飲みませんでした。

差し乳とはいえさすがにこの辺りから胸が張り始め、これはヤバイぞ?と戦々恐々とした一夜を過ごします。

 

翌朝、…飲まず。

わたしの胸はグレープフルーツみたいになり、痛くて抱っこもできません。

息子を夫の実家に預けて夫婦でランチに行く予定だったので、

そのままお出かけはしましたが、せっかくのお料理の味も半分くらいはわかりませんでした。

帰ってきてもやはり授乳は拒否され…

この日は祝日で翌日は日曜日、近所の助産院に助けを求めることもできず、

もう次男にあげることはあきらめて圧抜きしつつ、

つらーいクリスマス連休を過ごしました。

 

そして月曜日を迎え、助産院に電話すると、

なんとキャンセルが出て朝イチで見てくれることに!

もう神様に見えましたよ…

飲まなくなって3日経っていたので、ガッツリマッサージして空っぽにしてくれました。

天井やらわたしの顔やら次男にも、母乳の雨が降り注ぎました。

 

そこからは少しだけ張りましたが、また一週間後に絞ってもらってからはすっかり落ち着きました。

今はもう、授乳期の面影はない、寂しいお胸に(笑)

 

そんなこんなで、次男は自分から乳児を卒業してしまったのです。

あれが最後の授乳とわかっていればムービー撮ったのになぁ、少し寂しいです。

飲まなくなってから小食の大人くらい食べて、お腹をポンポンにしています!

ドタバタな卒乳の体験談でした。

装具ができました(先天性握り母指症)

次男、明日で11ヶ月。

地獄の型取りから仮合わせに行くこと二回、昨日ついに装具が完成しました。

次男の握り母指は両手なので装具もふたつ。

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てのひら側にはめて、甲側をベルトで止めます。

つけるとこんな感じ。

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意外と嫌がりませんが…

ずりばいやつかまり立ち、オモチャで遊ぶ等してるうちにベルトが外れたり、

しゃぶってビショビショにしたり、

つんつんいじって取ってしまったりと、

起きている間はずっとつけているのはなかなか難しそうです。

(そういえばちょっと前につかまり立ちができるようになりました!)

かといって寝ている間もすんなりとはいかず…

しょっちゅう怒ってうーうー!言ってました。

うつぶせ寝が大好きな次男、寝返りすると手が抜けにくくてイライラしたみたいです。

暗闇から何度も響いてくる怒りの声…

母は寝不足です。きみもかな。早く慣れてね。

 

装具屋さんから言われて心配していた、

装具のアタリによるミミズ腫れや傷はひと晩経って大丈夫そうです。

でもベルトが長過ぎるところを少し短くしていいか相談してみようかな。

はみ出てるところをいじってしまうので。

手が大きくなったら内張りを取って調整してもらいます。

装具屋さんとは二人三脚ですね。

 

装具の代金については6万弱でした。

7割は社会保険から療養費として、3割は東京都のマル乳で、

すべて返還していただける予定です。ありがたい…

 

通院は片道一時間かかりお昼時でもあったので、

何回も義母に助けていただきました。

行って帰ってくるだけでなく出先で食事もあり、

一人なら想像するだけで大変そうです…

これからも装具の調整や経過観察など何度か通院が必要です。

助けてもらいながら頑張ります!

先天性握り母指症

皆さん、この病名をご存知でしょうか?

わたしもついこの間まで知らなかった病名です。

情報が欲しくて調べても、あまりありません。

ごく一部の方のブログくらいしか出てこなくて、

でもそれがとても役に立って心強く感じているので、

わたしもできるだけ詳しく、書き残しておきたいと思います。

 

我が家の次男は生まれてからずっと親指をぎゅっと内側に握り込んでいて、

手を開いても完全なパーにできず4の形になってしまいます。

手の奇形は親指に出ることが多いけれど、

その中ではなかなか珍しい症状のようです。

紹介されて大学病院にかかっていますが、

担当以外の先生や研修医も何度か見に来ていました。

ものをつかむときはしっかり親指も使えるので、

握り母指症の中では軽症のようではあります。

が、やはり装具で矯正した方がいいとの判断で、

本日両手の型を取りに行ってきました。

 

シート状になった石膏を濡らして巻いたり挟んだりして型を取るのですが、

次男10ヶ月、当然ですがじっとしていません。

固まるまでは動かしてはいけないので、

装具士の先生とわたし、夫の三人で押さえつけます。

押さえられればこれまた当然泣き叫ぶ次男、

申し訳なさそうな先生、歌って次男をあやすわたし、汗だくな夫…

30分間の地獄絵図でした。

 

途中わたしのジーンズに石膏が垂れて、

いい感じのペイントになったり(笑)

家族三人粉まみれになったりしましたが無事終了。

次男は帰り道、夫に抱っこされて爆睡!

本当によく頑張ったね。

 

来週また受診して装具の仮合わせをします。

ここしばらく訳あって夫が在宅しているため、

今日は一人で連れて行かずに済みました。

うちには車がないので、公共交通機関を使って一時間弱、

大学病院は混雑してるし暑いし待つし、

三回の離乳食に完母の授乳もある中、

一人でこれからどう切り抜けようか…

いろいろ頭が痛いですが、可愛い息子のため頑張ります。

 

ぽんちゃんといいこの子といい、

我が家の息子たちはわたしにたくさん心配させたいようです。

まったくもう!