天使の息子がひとりいます。

天使の息子がひとりいます。

2016年3月、最愛の息子は1歳9ヶ月で突然この世を去りました。それまでと、それから。いろんな思いを綴ります。

さすがにサボりすぎた

こんにちは、おひさしぶりです。

1ヶ月半も放置してしまいました。

 

毎日暑くて暑くて、一歳半の次男連れでは外に出ることすらままなりません。

小さい子の体感温度は大人プラス5〜6℃と言いますし、

うちの周りは基本全てアスファルト舗装。

陽が落ちてから散歩に行っても10分で汗でビショビショです。

結果、できるだけ回数を減らした買い物に行く以外は引きこもっています。

幸い室内で歩き回るだけでも楽しそうにしているので、

せめて30℃くらいになるまでは…このまま頑張ってもらいます。

 

でもね…亡くした長男は歩かなかったので、

外に散歩に行けるというのがすごく、嬉しいんですよね。

なかなかつないでくれない小さなおてても、

しゃがんで落ちてるものを見てる後ろ姿も、

つまずいて両手をついて一生懸命立ち上がるのも、

ああ…ぽんちゃんともこういうふうにできたらよかった、今は幸せだなぁ

そう思います。

 

ただ、この子もまだしゃべりませんけど!

握り母指のことといい、

神さまはわたしに心配させる子しか授けないつもりだな…

というよりは、わたしと夫は発達の遅い子が生まれる組み合わせなんだろうな。

この先何事もなかったと笑えますように。

何事かあっても笑えますように。

 

ぽんちゃんを亡くしてから2年5ヶ月近く経って、

日常で涙することはもうなくなりました。

ただ先日大好きなバンドのライブで泣きました。

音源を聴いていたときはそんなふうに思わなかったのに、

どうしても彼のことを歌ってくれたとしか思えないと感じてしまって、もうダメでした。

そして泣くとやっぱりスッキリしますね。

泣く時の思いも、亡くした当時の後悔や自責よりも純粋に会いたい気持ちに変わってきました。

時間薬は確実に効いています。

 

今まさに死別の直後で、身を切る思いをしている方もこの記事を読んでいるでしょうか。

亡くしたときの状況も、亡くした人も、その後に起こることも取り巻く環境も、

わたしとあなたでは違います。でも…

それでも時間薬は必ず効きます。

そう信じて、今は水の底に沈んで膝を抱えているだけでいい。

 

とりとめもなくなりました。

近々また握り母指の診察があるので、今度はそのことについて書こうかな。

それでは。

近況

更新サボり気味の拙ブログにも、たくさんのアクセスありがとうございます。

日常生活に没頭しておりました。

変な言い方ですが、長男に関する日の近くはそうすることで平常心を保っている気がします。

そして没頭せざるを得ない忙しさでもありました。

 

我が家は先日引っ越しをしまして。

都内から都内ですし大した距離ではありませんが、

動き回る一歳児もいてそれなりに大変でした。

ひと月くらい前から断続的に、夜逃げ並みに荷物を捨て、

なるべく身軽に越してきましたが…いやはや、それでも。

これからは今以上にモノを増やさないことを心がけていきます。

 

それはさておき、越してきたところは、実は少し前に住んでいた地域なのです。

やっぱりあそこ便利だったよね。また住もうか。思い入れもあるし。

そんな会話を夫としながら決めまして、四年弱ぶりに帰ってきました。

感の鋭い方はお分かりでしょうが、ぽんちゃんの生まれたときに住んでいたところなのです。

しかも、偶然いい物件が見つかったのも前の家から5分程度のところで。

ぽんちゃん五ヶ月で引っ越すまで、RSで小児科に通い、

寝ないぽんちゃんをトッポンチーノごと抱っこしてお気に入りのアルバムが何周もするまで聴きながら揺らし続け、

ベビーカーを足で揺らしながらテイクアウトのフラペチーノを飲んだ(笑)、

その場所なのです。

わたしたち夫婦は普段からぽんちゃんの存在と思い出と共存しながら生きているので、

この強烈な懐かしさに毎日感動しまくっています。

ぽんちゃんを産んだ年の夏の暑さまで肌に蘇ってくるようです。

さすがに同じ小児科に次男を連れていくときには泣かないように注意ですが…

どうせわたしが生きてる限り思い出はどこにでもあるんです。

彼を亡くした場所に居続けるのとは違って、

ここには生きてた彼しかいなかった、小さかったけどここではちゃんと生きてたんだと思うと、

どうしようもなく涙腺が緩みますが、嬉しく思います。

 

家具のレイアウトを変えるついでにぽんちゃんコーナーも並べ方を変えて、

写真立ての中の写真も違うものにプリントし直しました。

なんだかとっても可愛くて、生き生きしている気がします。

次男もハイチェアに座るとぽんちゃんコーナーが近いので、

よくお兄ちゃんの写真を棚から奪い取って見ています。

あまりにそっくりだしお下がりも着ているから、たぶん自分だと思っているよね…^ ^;

 

そうそう、次男はよろよろ歩き始めてから二ヶ月ちょい、

よちよち歩きがだいぶ上手になりました。

でも靴を履いて外を歩くのは怖いらしく、地面におろすとべそをかいてしがみついてきます。

歩き始めたらあっという間にどこか行っちゃうよなんて言われてきましたが、

怖がりで慎重派の次男がどこか行っちゃうのは今のところ家の中だけです。

助かるけど、そろそろお外でも歩いてお散歩したいなぁ。

あとは言葉。まだ出ません。

ぽんちゃんの発達遅れのこともあって、若干ナーバスになっているのでどんと構えられません…

ゆっくり待っててあげたいんだけど、心配してしまいます。なにかしゃべってー

 

それから先天性握り母指のこと。

毎晩寝る前に装具をつける生活を続け、かなりの改善がみられました!

親指と人差し指でボーロをつまんで食べられるようになり、

髪の毛や小さなゴミなど拾って持ってきてくれたり、

(ちゃんと掃除してないズボラな母です)

ここ1〜2ヶ月でほんとうに器用になりました。

歩けるようになり末端の神経が発達するタイミングだったのか握り母指が治ってきたのか、

もちろん真実は神のみぞ知ることですが、良かったです。

装具は今もつけています。もう必要ないと言ってもらえる日を楽しみに、せっせとがんばります。

余談ですが…

装具のマジックテープは本人がべりっとはがしたり、

ふとんにこすれてはがれてしまうので、

ベビー用の手袋を指なしに切って装具の上からかぶせています。

もし、手の装具が取れてしまうことでお困りの方がいたらやってみてください。

 

長くなりました。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

最近お肌が曲がりに曲がっている、リンでした。

お空で4歳

今日はぽんちゃんのお誕生日です。

歩けなかった、喋れなかったぽんちゃんも、もう4歳。

走って転んで擦りむいて、生意気なことをたくさん言っているでしょう。たぶん…

見たかったなぁ。

 

わたしの中でいつまでも赤ちゃんのぽんちゃん。

それでも死ぬまで歳を数え続ける。

そしてぽんちゃんに会えると思えばあの世は怖くない。

 

でも、弟もお父さんもいるからね、お母さんまだそっちにはいけないよ。

弟が上手に歩くようになったの、見てるかな。

早くお話ししてくれるように頼んでくれる?

時々何もないところを指差して笑うの、ぽんちゃんがいるんでしょう?

 

ぽんちゃん、お誕生日おめでとう。

桜が咲いた日

長男を失ってから今日で二年。

あの時間までもう少し、怖くて時計を見たくない。

 

東京で桜が開花しました。

あの子との思い出はこんなにたくさんあるのに、

あの子と過ごした日々より亡くしてからの方が長くなってしまいました。

とても寂しいです。

 

ぽんちゃん、あなたの弟はもうすぐ歩くかもしれないよ。

顔も声も似ていて、ぽっこりお腹もそっくりだけど小さめの弟に比べて、

歩かないくせにもっとずっしりと大きかったあなたの重さが懐かしいよ。

三回忌までもうすこし

すっかり春の雰囲気なのに、朝晩はとても肌寒いですね。

あの頃を思い出します。

混乱と悲しみで記憶すら曖昧ですが、こうして季節が巡ってくると身体が覚えているようです。

 

もうすぐ二年。

二年という年月が、

長かったのか?短かったのか?

…わからない。

わたしは幸いにも元気に生きて、笑っている。

次男が来てくれたからこんなに元気なのだと思う。

じゃあ次男を授かれなかったら笑っていなかったか?

…わからない。

でもたぶん、少しは笑えていると思う。

そのくらい、二年という年月は大きい。

身体をえぐり取るような大きな傷にも、新しい皮膚とかさぶたができるくらいに。

かさぶたの上によそいき笑顔の服を着て、傷を知られることなく過ごせるくらいになった。

 

同じマンションに、失くした長男と同じくらいの女の子がいます。

彼女は発達も順調で、長男が生きているときはもう歩いてるお話ししてる、いいなぁ。

そんなふうに見ていました。

彼女にはお兄ちゃんが二人いて、にぎやかで、ただ可愛くうらやましく、微笑ましい。

それは長男を失くしてからも変わらなくて、気持ちが変わらないことに自分でもホッとしていました。

でもわたしが次男を出産して少しした頃、彼女を連れるお母さんのバッグにはマタニティマークが揺れていました。

ああまた生まれるんだ、彼女はお姉ちゃんになるんだ、と思ったらなぜかそこから見ているのがつらくなって、たまに見かけても挨拶せずに済むように遠回りするようになりました。

今もそうです。

彼女はお姉ちゃんになり、お母さんの抱っこひもの中には赤ちゃんがいます。お兄ちゃんたちはますます大きくなっています。

わたしだって二人産んで育てていたのに、あの子はお兄ちゃんになれなかったのに…

そういう、ただの嫉妬なんだろうと思います。

すれ違ったら挨拶する程度の間柄だから、少しつらいくらいで済んだ。

そう考えて、自分の心を守るために、これからも遠回りさせてもらいます。

もし避けられていると感じていたら申し訳ないけど、特に冷たくしているわけではないし許してもらえるでしょう。

あのお母さんはわたしの長男をずいぶん見ないな?くらいにしか思っていないだろうか。それともなにか気付いているだろうか。

 

震災のニュースが流れるこの日、我が子を亡くしたたくさんの親御さんの気持ちが少しでも楽になりますように。

お空で子どもたちが楽しく遊べていますように。

泣いてもいい場所

ひさしぶりに、遺族会に参加してきました。

次男坊は夫とお留守番です。

妊娠中と子連れでは行けず、

完全母乳だったため生まれてからも離れられずに行けず、

やっとの思いで3回目の参加。

実に1年9ヶ月ぶりでした。

(調べて気がつきました、1年9ヶ月…長男が生きた年月です)

 

わたしはもう、ほとんど泣くことはありません。

何かの拍子に涙ぐむことはありますが。

長男を失ってすぐの頃のように、あんなふうに泣くことはなくなりました。

それなのに、あの場にいると、何かのスイッチが入るようで…

他の方の話を聞くだけで涙がこぼれ、

話し始めるともうとめどなく泣けてきて、

全然うまく話すこともできません。

直近でつらい経験をされた方も泣きながらもきちんとお話されているのに。

お恥ずかしいです…

落差が凄すぎて、そんなに普段自分は抑圧されているのか?と心配になります。

でも、思い返しても、普段泣かないよう、悲しまないよう、我慢なんてしていないんです。

特に我慢はしていないけど、

…失くした子のことだけ考えていられるのはあの場だけ。

だからなのかな?と思います。

わたしの中で泣いてもいい場所になっているようです。

だけどもっとちゃんと長男のことを話したい!

ので、またちょくちょく参加して、

だんだん泣くことにも慣れていきたいです。

 

でも、泣けるのがあの場所だけだからと言って、

長男の話をしていないわけではありません。

むしろ、我が家の会話にぽんちゃん登場し過ぎ疑惑です…!

夫との会話では長男に全く関係ないことも

「そんなことないよねー、ぽんちゃんねー」

と同意を求めつつ締めくくることばかりだし、

次男がそろそろ一人立っちできそうなのを見ては

「こらぽんちゃん、あなたやる気なかったでしょう!?」

ととばっちりで怒られたり(笑)、

同じくらいの年の差の兄弟を街中で見かけては

「今ごろあんな感じかなぁ?」

と夫婦で話します。

とにかくナチュラルに会話に出てきます。もうそこにいるみたいに。

リビングにどーんと長男コーナーが鎮座ましましているのもあり、

いつでも一緒にいる気分なんですよね。

次男を寝かせるときも、ぬいぐるみ達とお兄ちゃんにおやすみなさいします。

次男もきちんと長男コーナーに向かってバイバイします。

いつまでもどこにいても家族の一員。

そんなふうに大切にしていきたいです。

 

ひさしぶりに都心に出て人混みにもまれ、

たくさん泣いて疲れました。

そんな日の翌朝に限って次男くん、超早起きしてくれてありがとうね\( ˆoˆ )/

突然の卒乳

遅くなりましたが…新年明けましておめでとうございます。

今年は喪中はがきではなく、年賀状を送ることができました。

ぽんちゃんの名前がないのは寂しいですが、新年を祝えるのは素敵なことですね。

 

さて、タイトルの通り。

昨年末、次男が突然卒乳してしまったんです!

朝食後しばらくしてから、昼食後しばらくしてから、夕方、お風呂上がりと、日に4回授乳していたここ最近。

ごはんもモリモリ食べていましたが、母乳もゴクゴク飲んでいました。

それが突然の授乳拒否で、そのまま卒乳…

 

ことが起こったのは前回の記事を書いた翌日、11ヶ月を迎えた日のことです。

朝、いつものように授乳をし、ゴクゴク飲んでいた次男。

そろそろ飲み終わりかな?という頃、口を離したとき、なんとも言えない、微妙な顔をしたのです。

たぶんその場で見ていなければわからない、怒っているのでも泣いているのでもない、不思議な顔でした。

どうしたの?もういらないの?

そう聞きましたが、そうだとばかりに降りたがり、そのまま遊び始めました。

なのでそのときは特に気にせず、いつも通りに過ごしました。

 

が、次の授乳の時間、同じ頃にぐずり出したので、

はいはいおっぱいね〜と抱き上げ、飲ませようとすると…

くわえた乳首をパッと離し、手で押しやります。

あれ、飲まないの?

何度やってもダメ。ちょっとニヤニヤしながら手で押し返します。

あげるのをあきらめておやつとお水を飲ませました。

 

そしてまた次の授乳の時間、ぐずり出したので…

今度はくわえもしません。

乳首を近づけると怒ります。

またちょっとしたおやつとお水をあげました。

この頃にはもうなんとなく、わかってきていました。

もう飲まないって決めたのかな?

お風呂上がり、飲まずに寝たらそうかも。

 

そして、やっぱり夜も飲みませんでした。

差し乳とはいえさすがにこの辺りから胸が張り始め、これはヤバイぞ?と戦々恐々とした一夜を過ごします。

 

翌朝、…飲まず。

わたしの胸はグレープフルーツみたいになり、痛くて抱っこもできません。

息子を夫の実家に預けて夫婦でランチに行く予定だったので、

そのままお出かけはしましたが、せっかくのお料理の味も半分くらいはわかりませんでした。

帰ってきてもやはり授乳は拒否され…

この日は祝日で翌日は日曜日、近所の助産院に助けを求めることもできず、

もう次男にあげることはあきらめて圧抜きしつつ、

つらーいクリスマス連休を過ごしました。

 

そして月曜日を迎え、助産院に電話すると、

なんとキャンセルが出て朝イチで見てくれることに!

もう神様に見えましたよ…

飲まなくなって3日経っていたので、ガッツリマッサージして空っぽにしてくれました。

天井やらわたしの顔やら次男にも、母乳の雨が降り注ぎました。

 

そこからは少しだけ張りましたが、また一週間後に絞ってもらってからはすっかり落ち着きました。

今はもう、授乳期の面影はない、寂しいお胸に(笑)

 

そんなこんなで、次男は自分から乳児を卒業してしまったのです。

あれが最後の授乳とわかっていればムービー撮ったのになぁ、少し寂しいです。

飲まなくなってから小食の大人くらい食べて、お腹をポンポンにしています!

ドタバタな卒乳の体験談でした。