天使の息子がひとりいます。

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天使の息子がひとりいます。

2016年3月、最愛の息子は1歳9ヶ月で突然この世を去りました。それまでと、それから。いろんな思いを綴ります。

また遺族会へ

二週連続です。
あの、息子がいなくなった日、
「間違いなく今のわたしは、世界でいちばん不幸だ」
そうはっきりと口に出して言ったあの日の同じ気持ち、
それを感じたことのある人たちと過ごす時間。
いつか支える側になりたいと思います。
それまでしばらく泣かせてください。
 
それにしてもどうしてこんなに涙が出るんでしょう・・・
息子のことを話そうとすると、あっという間に号泣してしまいます。
もう普段はこんなふうに泣かないのに、
直前まで談笑さえしていても、
涙で詰まって声が出なくなります。
辛うじて絞り出した言葉は途切れ途切れで、
「やっぱりわたしは辛いんだなぁ」
一通り話し終わってそう思いました。
 
そして改めて実感したこと。
「想像する」ことには限界がある。
想像はあくまで想像で、それが「現実になる」こととは大きく違う。
妊娠したり子育てをすると、
子どもを失ったらどうしようと考えたり、
想像して恐ろしくなったりするものです。
わたしもいろいろ考えました。
でも、現実に起きたことは、どんな想像よりわたしを打ちのめしました。
子どもの死が現実に起きていない人には、この辛さは絶対にわからない。
排他するわけではなく、事実としてそうだと、感じたんです。
だから、遺族は集まる。
きっと、他の死別の苦しみを持つ人も、そうだと思います。
できるだけ似たような体験でないと、わかりあえない。
わかりあえないと、なお辛いんですよね。
 
でも今日は別の収穫もありました。
それについてはまた別に書こうと思います。