天使の息子がひとりいます。

天使の息子がひとりいます。

2016年3月、最愛の息子は1歳9ヶ月で突然この世を去りました。それまでと、それから。いろんな思いを綴ります。

息子の死因を探る

行政解剖の結果が出ました。

「吐物吸引による窒息死」。

見るのも辛いこの言葉・・・

 

でもわたしたち夫婦も、祖父母も、半信半疑です。

それは事実の流れとそぐわないから。

そしてわたしたちの話を聞いたとある小児科の先生が、

「吐く前に起こった何かの方が死因だと思う」

そうおっしゃったからです。

こう言っていただけたのが、先日の遺族会の記事での「別の収穫」です。

でも、息子を失った直後のショック状態のわたしは、

自分の記憶の方が間違っているんだと、思いました。

 

解剖が行われた日、つまり息子が亡くなった翌日に、

同じ死因が「疑い」として知らされていました。

わたしがずっとそばにいて見ていたのに、

気付けなかったと自分を責める原因になりました。

今このブログをご覧になっている方も、吐物吸引と聞けば、

「なんで見ていたのに何もしなかったの?」

「すぐに背中を叩いたり腹部を圧迫すれば大丈夫だったんじゃないの?」

そう思うはずです。当然です。

 

だから息子が行政解剖に回され、そう告げられたとき、

わたしが殺したも同然じゃないかと思いました。

何もできず、息子を見殺しにした母親。

息子を死なせた母親、役立たずな母親。

なのに誰からも罰せられなくて、

怖くて怖くてこのまま消えてしまいたかった。

死ぬ勇気がないから生きていくけれど、

もうなんの価値もない人間になってしまったと思いました。

 

ごめんね、苦しかったねと息子に謝り、

ただ暗い水の底に沈んでいくような気分。

でも夫や他の家族が心配するから、

悲しみは表に出すけれど罪悪感はあまり外に出しませんでした。

すごくすごくすごく辛かったです。

 

でも、主に夫と、息子が亡くなったときのことを

何度も何度も話し、そのときの細かな時の流れを検証していくうちに、

「息子は吐いた直後にすぐお空に行ってしまった」

そのことが、わかりました。

 

だからと言って助けられなかった罪悪感は消えません。

呼吸と心拍が停止してしまっていても、

わたしがすぐにマッサージ等の適切な対応ができていたら

助かったんじゃないかと思うことはやめられません。

それでも気持ちが全然違いました。

息子は息ができなくて苦しくて死んだんじゃなくて、

理由はわからないけれど突然体の中で何かが起きて、

苦しむ時間もなくあっという間に旅立ったということ。

今読んでくださっている方は

なぜそんなことが言えるのか、行政解剖の結果も出ているのに、

と思われるでしょうし、意味がわからないでしょうね。

なんの説明もせずにすみません。

近いうちに、あの日起きたことをそのまま書こうと思います。

辛いけど、泣いてしまうけど、書きたいです。

 

今でも夢だったら良かったのにと考えます。

こんなに辛いことはありません。

でも、わたしは生きているから・・・

生きている以上、生きていくために救いが必要です。

息子の少しでも安らかな死が、せめてものわたしの救いです。

 

※思うままに書いてしまいましたが、決して、

他の窒息等で亡くなった子やその親がどうだとか、

言うつもりもありませんし思ってもいません。

辛いのは皆同じだと考えています。

あくまでわたしの心情の問題です。

どうぞ、どうぞご了承ください。※