天使の息子がひとりいます。

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天使の息子がひとりいます。

2016年3月、最愛の息子は1歳9ヶ月で突然この世を去りました。それまでと、それから。いろんな思いを綴ります。

救急車のサイレン

※長男が意識を無くして救急車を呼んだときのことを書いています

※読むか読まないか、どうぞご自分で判断ください

 

わたしは自宅に三回救急車を呼びました。

 

一回目は長男が初めて熱性けいれんを起こしたとき。

二回目は同じ日の午後に二度目のけいれんを起こしたとき。

(けいれん止めの座薬を入れていたので、

これでまたけいれんが起こるようなら救急車を呼んで、

また受診してくださいと言われていました)

 

三回目は亡くなったあの日。

長男はお風呂上がりにストローマグで水を飲んでいました。

すると突然表情が消えて目が虚ろになりました。

腸炎性のけいれんを起こしたときにそっくりです。

倒れて頭を打ってはいけないと横にすると

手足をしばらくぴくぴくとさせふっと目を閉じて、

ごふっごふっと吐き戻してそのまま呼吸が止まりました。

その間たったの10分くらい。

あわてて救急車を呼んだときのあの気持ち・・・

わたしは動転してはぁはぁと荒く息をしながら

吐いたものを口からかき出して、背中をさすりました。

手足を動かしていたときはまたけいれんだと思って

声をかけながら動画を撮っていて、

もうその動画は怖くて見ることができません。

(検視のときに先生にお見せしましたが、

結局あまり役に立ちませんでした)

救急隊が到着して、心臓が止まっていることがわかり、

「まだ行くには早いぞー!」「頑張れ!」

そう声をかけながらマッサージが始まり、

それを見ながら震える手で必要事項を書き、

隣の部屋で操り人形のように着替えをして、

ちょうど帰宅途中だった夫が帰り着き、

「心臓が止まっちゃったの」

そう自分が声に出すのを他人事のように聞きました。

 

そこから救急車に乗って、病院で処置を待つ間や、

その後のこと、恐ろしいほど鮮やかに覚えています。

でも怖くて少しずつしか書けません。

だけどいつか、書いておきたいと思います。

今日は救急車のことだけ。

 

それから今まで、サイレンが不安を煽るんです。

我が子を手の届かないところへ連れて行かれる恐怖。

本当なら、助けてくれる音ですよね。

でも長男は間に合わなかった。

一度も息を吹き返すことなく、

恐らく自宅ですでに亡くなっていました。

あのとき何が起きていたのか?

わたしにできることがあったんじゃないのか?

お願い、死なないで!

恐怖、後悔、絶望。

それを思い出させるのが救急車のサイレンの音です。

 

我が家は駅前から続く通りと環七を繋ぐ道路沿いにあるので、

本当によく救急車が通ります。

昼間はなんとなく大丈夫なんですが、

夜中に授乳等で起きているときに聞くと、

ずっしりとこたえます・・・

必死に泳いでいるのに離岸流で沖合いに流されていくみたい。

ついこの間は自宅マンションのエントランス前に

止まったのがわかったこともありました。

次男が授乳を終えて眠っても、

眠くて仕方ないはずなのに、

救急車が去っていく音を聞くまで眠れませんでした。

これでも長男を亡くしてすぐの頃に比べたら

ずいぶんましになったんですけどね。

きっと感情の振れ幅の大小こそあれ、

ずっと続くのだろうと思います。

 

二人目だから余裕がある。

二人目だから心配が尽きない。

わたしの育児は相反する思いを抱えながらです。

この記事を読んでくださっている皆さま、

心の中ででも、応援してくださると幸いです。